2008年3月19日
いつからか気付いたことがあるのですが、昔からお腹が強いほうじゃないんです。
これは仕様ですね。
食べ物だと、牛乳でくだしたり、ヨーグルトでくだしたり、コーヒーでくだしたり、酒でくだまいたり。
くだす要因となる食べ物・飲み物の半分くらいは普段あまり口にしないのですが、残り半分は率先して食します。不思議なのはこの半分が好物であること。人は分別と好みでできていると思うところがあれば、これに照らすと自分のお腹の中でチープなコントを繰りひろげてるようなものであって、ものすごくへんちくりんだなと思います。
食べ物以外だと、雨の日の朝もしくは雨が降りそうな朝によくくだします。
前夜にくだらない(ノンバッド)食べ物を食べて、朝目が覚めて、お腹がごろごろしていたら雨です。これが油断していて、くだす食べ物と雨が重なったりすると恐ろしいことになる場合があります。おへそ丸出しが加わるとさらに悲惨です。
おそらくは気圧のせいだと踏んでいるのですが、なんかそういう気象&環境と体の関係を学問する分野を「バイオメテオロロジー」というらしいです。どんな学問内容か詳しくは知らないのですが、面白そうな分野。
腹痛と気圧ときっかけの話。
その気圧といえば巷じゃヘクトパスカルでとおってますが、あの「人間は考える葦である」ってやつもパスカルさんの言葉であって、なんだかすごい。パスカルさんは数学者であり、思想家かつ哲学者。
学術的な文献はやっぱり小難しいところがあったり、日常で頻繁に引き合いに出すとこまっしゃくれてしまうかもと思っていた時期もありましたが、最近「夢判断」を読んでだいぶその嫌いが削がれました。
特に著者の人となりが出たものはいいですね。夢判断のフロイトの序言はとても惹かれるものがありました。
夢判断だから、自分の夢をさらけ出して論述しなければならないのに、ちょっとばかり省略や入れ替えをする誘惑に耐えられなかったって書いてるんです。
そしてその序言の締めくくりでは、
「私としては、この研究書の読者諸君が、私に代わってちょっと私の微妙な立場にたってみて、私を遇するに寛大な態度をもってしてくれることを、また、ここに報告された夢のためになんらかの形で被害をこうむる人々のすべてが、すくなくとも夢の営みに対しては思考の自由を拒まれないであろうことを期待すると希望しうるのみである」【フロイト・夢判断 高橋義孝訳より】
なんて書いています。
夢の自由を守っています。
そしてゆっくり確実に、かつスリリングに数多の夢解きが始まるわけです。
ふとしたきっかけを手がかりにして読む本を決めるのであれば、学術書は格好のアイテムかもしれないですね。
そういうわけで次はパスカルさんの「パンセ」を読みたいと思ってます。
夢から覚めてお腹がごろごろ鳴ったら、それがきっかけです。
そしてこれらは今後の備え。

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