2010年6月21日
パスタはとても便利な食べ物だ。
うまいし早いし、なにより手軽。
うちでは表記されている茹で時間の半分くらいで鍋をコンロからおろし、フライパンで具材を炒めたあとに茹で汁と一緒に絡めて調整することが多い。
茹で始めのちょっと前から具材をこしらえて、出来上がりまで10分くらいだろうか。
パスタの種類はほとんど毎度スパゲッティ。
メーカーはあまり変えないけれど、茹で時間が違うことがある。
フライパンへの移し替えのタイミングは5分茹での場合は2分強、7分茹での場合は3分強くらい。
正確な時間は計ってなくて、だいたいでやってしまっている。
パスタに限らず、料理のいろいろなタイミングを計るにはキッッチンタイマーが便利なんだろうけど、うちにもあるけど、なんだかこうシステマチックに過ぎる。
歌とかがいいんだろうか。
なにかお気に入りの口ずさめる歌を手に入れる。
普段あまり歌わないからかなりの労力を要するかな。
このあたりのフレーズまで来たら、2分ちょっとだとか、最後まで歌いきったら5分とちょっととか。
まあもしくは1分の歌を繰り返しでもいいかもしれない。
何を覚えるかが問題だな。
そういえば国歌を正しく歌うと何秒なんでしょう。
パスタ用になどと考えているのではなくて、サッカー観ていて急に思った。
国歌の尺をぴったり知っているかと問われて、答えられる人はいるだろうか。
日本人でなくても、自分の国の国歌の尺っていうのはけっこう曖昧に覚えてるものなのだろうか。
日の丸の赤白の比率とかもそうだ。
象徴的なものって意外にその仕様を曖昧に覚えているものなのかもしれない。
象徴として考えるとイタリアの歌がいいんだろうなパスタ用には。
スーザンボイルの歌った夢やぶれてとか、ある意味駄洒落にはなるか。
でもパスタソングの象徴として使うのはなんだか歌詞が。
やっぱりイタリアの歌をさがそう。
手軽に陽気に茹でるべく。

2010年6月16日
数日前に渋谷でDJイベントという名目で飲み会をやった。
楽しく飲めた。
来てくれたみんなは楽しかったかどうかはわからない。
だって、ところどころあやふやになったりならなかったりしたから。
そのイベント開始の1時間前。
家を出て近くの交差点で信号待ちをしていたら、後ろでガシャンと大きな音がした。
振り返ると40代くらいの男性が自転車から倒れて痙攣している。
見るからにおかしい。
近くで信号待ちしていた数人の大人は、我関せずということなのか、
信号が青になると、なにごともなかったかのように横断歩道を渡って行ってしまった。
倒れている男性に近寄って「大丈夫ですか?」と声をかけても、うつろな目で全身痙攣。
見るからに危ない。
もう一度声をかけると意識を取り戻して、ふらふらと起き上がろうとしてた。
てんかんかと思い、座っているように促したが聞く耳を持たない。
たちあがったとたんまた白目を剥いて倒れそうになったので、抱きかかえた。
抱きかかえたまま、どうしたものかと焦っていると、
自転車で通りがかった中学生が、男性の落とし物を拾って近寄ってきた。
時計のような? 電卓のようなもの?
まあそれはどっちでもいいんだが、
近づいてきて男性の具合が悪い事に気付いた中学生は、ひどく狼狽していた。
狼狽具合がかわいそうだったけれど、
近くにある消防署から救急救命士を呼んできてもらえるかな? と頼んだ。
中学生は自転車があるのになぜか全力疾走で走って消防署に向かった。
慌てたんだろうな。そりゃそうだ自分も慌ててた。
男性はまた痙攣から回復するが、なぜかすぐに立ち上がろうとする。
なかば無理矢理座らせて、じっとするように言っても、
座りながら顔の前で大丈夫大丈夫といった感じに弱々しく手をあおいだりする。
よく倒れるんですか? 何か病気を持ってますか? と聞いても、
頭を押さえて顔をゆがめるだけで答えてくれない。
答えられなかったのかもしれない。
いま救急を呼びましたから、じっとしていてくださいと言っても、つらそうな顔してるのに大丈夫のリアクション。
ぶっ倒れて頭打って痙攣して大丈夫ってことはないだろう。
しばらくして、呼んできました! と息を切らして戻ってきてくれた中学生。
ありがとう、おつかれさんと応えたけれど、耳に届いてないのか目を丸くしてあたふたしていた。
そりゃそうだよ、急に巻き込んじゃったものな。
すぐに救命士が駆けつけてくれて、我々はお役御免になった。
具合の悪かった男性、無事回復してくれてればいいけど。
倒れたときに何人か大人がいたのに、みんな見て見ぬ振り。
中学生、君のおかげで助かったよって言って背中をバンバン叩いてやればよかった。
無関心な大人なんてまったくうんざりだねって言ってやればよかった。
狼狽していた様子が忘れられない。
テキーラ飲んでもあれは覚えてる。
中学生はテキーラ飲めない。
なんだかな。
トラウマになってなけりゃいいけれど。

2010年6月 4日
接客業では「いらっしゃいませー」や「ありがとうございましたー」の声掛けがとても大切。
あいさつとしてはもちろんだけど、防犯や店内を活気づける意味合いがある。
毎日毎日言っていると、そのうち半ばマニュアル化してくる人なんかもいる。
のべつまくなし言ってるもんだから、パブロフの犬よろしく反射的に口から出るようになる。
最近は呑んだあとにラーメンをいただくことが増えた。
というか習慣化してきた。
友達と呑んだあとにこってりラーメンを一杯いただいたりする。
そのラーメン屋はなかなか繁盛していて、客の回転が速い。
店員の威勢も良く活気づいている。
言うまでもなくラーメンもうまい。
隣の知らない人が食べ終わって席を立った瞬間、素早く「ありがとうございましたー」の声が掛かった。
すると突然、反対隣でラーメンを食べていた友達が「ありがとうございましたー」と言った。
友達はラーメン屋で働いていたのかもしれない。
「ありがとうございましたー」の「ござい」あたりで反射的に言ってしまってるのに気づいたのか、声が小さくなってまわりの客には辛うじて気づかれなかったようだ。
それでもやっぱり恥ずかしかったようで、そのあと友達はどんぶりで顔を隠すように食べていた。
なんだか気の毒に思えたので、
「いらっしゃいませ」よりはいいよ、「ありがとうございました」ならまだなんとか辻褄が合わせられる、とよくわからない慰めにもならないようなことを言ってあげた。
という夢を見た。
いずれにしても習慣ってのは口から出るし夢にも見るし、困ったことに腹も出る。
